この記事の要点
- 沖縄本島北部・国頭村と東村にまたがる「やんばる」の亜熱帯林を歩いた覚書。二〇二一年世界自然遺産登録区域の現在。
- 同じ亜熱帯気候帯にあっても、二つの集落(辺戸と高江)の生活圏の距離感は驚くほど違うという観察。
- 環境省レッドリストのヤンバルクイナ・ノグチゲラ・オキナワトゲネズミ——固有種が集中する理由を、地理院地図と地質資料から整理。
- 沖縄県の観光統計と林業統計を併読すると見えてくる、「亜熱帯」と「過疎」の重なり方。
屋久島の苔と、やんばるの根。同じ亜熱帯気候帯にあっても、二つの森の手触りは違う。屋久島は高度差で植生を垂直に積み上げる森であり、やんばるは水平の広がりのなかで生物多様性を抱える森である。本稿は、沖縄本島北部・国頭村から東村までを歩いて、その水平の広がりを記述する試みである。
編集部は二〇二〇年代後半、四日間にわたって国頭村辺戸岬から東村高江までを移動した。距離は地図上で約四十キロだが、間に山地が入るため、車での所要時間は二時間を超える。徒歩での縦走は一般には推奨されておらず、編集部も区間ごとに車と徒歩を組み合わせた。
辺戸の岬、北端から見えるやんばるの稜線
辺戸岬は沖縄本島最北端である。岬の展望台から南を見ると、稜線が幾重にも重なって続く。標高は最高地点で約五〇〇メートル前後(国土地理院 地理院地図)、屋久島の宮之浦岳一九三六メートルと比較すると、量的にはずっと低い山域である。屋久島の垂直性と対比すると、やんばるは水平の重なりで森を作っている。
環境省 沖縄奄美自然環境事務所の公表資料によれば、やんばるの森に生息する陸生脊椎動物の固有種・固有亜種は、面積比で日本国内でも極めて高い割合を占める。理由は、地質的に古い陸塊が長期にわたって島として孤立していたこと、亜熱帯多雨林の連続性が保たれてきたこと、捕食者の少ない島嶼生態系であったこと——複数の要因が重なる。
高江の集落、林業と自然保護の交差
南下して東村高江に入る。やんばるの森は、林業地としても歴史を持つ。沖縄返還(一九七二年)以前、米軍統治期から戦後にかけて、伐採とパルプ用造林の歴史がある(林野庁 沖縄森林管理事務所 公表資料)。本来の照葉樹林を伐採したあとに造林された二次林が、現在のやんばるの森の相当部分を占める。
つまり、世界自然遺産登録区域(二〇二一年登録)に含まれるエリアの内側でも、原生林と二次林、自然林と植林地が複雑に混在している。観光ガイドが「亜熱帯の原生林」と紹介する区域も、厳密には人間の労働史を含んだ森である。能登の塩田と同様、自然と労働の境界は意外に曖昧である。
高江の集落で印象的だったのは、生活圏の小ささだった。集落の中心から学校、商店、公民館までの距離が、徒歩五分の範囲に収まる。一方、隣の集落までは車で十五分以上かかる。これが亜熱帯林の中の集落の典型的な距離感である、と地元の方は説明してくれた。
「やんばる」と一括りに呼ばれる地域でも、辺戸と高江では、生活の規模も歴史も違う。一つの森の中に、複数の集落の物語が並列している。
固有種、見えない隣人たちの記述
ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、オキナワイシカワガエル、オキナワトゲネズミ——やんばるの固有種の名前は、観光案内にも頻出する。しかし、徒歩で森を歩いてこれらに出会うことは、ほぼない。ヤンバルクイナは早朝と夕方に道路上を歩くことがあり、目撃情報の多くは林道の路上である(沖縄県環境部・公表観察記録)。ノグチゲラは森林の高い枝で生息し、地上から確認するのは困難である。
もっとも、見えないことが「いない」を意味しない。やんばるの固有種保全の課題は、見える観察よりも、捕食圧の管理(マングース対策、ノネコ・ノイヌ対策)と、生息地の分断防止にある。林道の交通量、伐採跡地のフェンス、森林の連続性——これらが、見えない隣人たちの生存を左右する要素である(環境省 公表資料)。
水平の森、垂直の森、そして地誌の書き方
屋久島と沖縄やんばるは、しばしば「日本の世界自然遺産」として同じ文脈で語られる。気候帯も似ている(亜熱帯多雨)。しかし、二つの森を歩くと、地誌としての書き方が違う必要があると感じる。屋久島は登山道を一本上ることで、植生の重層が体感できる。やんばるは林道を東西に移動することで、集落と森と林業跡地と原生林の水平な並びが見える。
裏を返せば、「亜熱帯林」という同じカテゴリーに入る二つの森は、人間の歩き方そのものが違う体験を要求する。屋久島では靴で滑り、やんばるでは道路上で固有種を待つ。苔の森と東北の在来線と、やんばるの林道——三つの「移動の仕方」が、それぞれの地誌の輪郭を決めている。
世界自然遺産登録は、保全の枠組みを整えるが、訪問者の歩き方までは規定しない。やんばるを歩く一日の中で、どこまで踏み込み、どこから距離を取るか——その距離感を、訪問者自身が更新していくことが、地誌としての森の継承につながる、と思う。