この記事の要点
- 屋久島・白谷雲水峡で、午前四時から夕方までの十二時間、苔の生える原生林を歩いた覚書。
- 環境省レッドリストの植物が複数自生する区域で、登山道を外れない歩き方の実際。
- 映画『もののけ姫』のロケハン地として有名な「苔むす森」の現在の混雑状況と、夜明け前に歩く理由。
- 世界自然遺産登録から三十年を経た屋久島の入山管理の現状。
苔の上で滑った。最初の三十分で二回、続いて深夜の暗がりで一回、計三回。スパイクのないシューズで来てしまったのが理由である。屋久島の登山道、特に白谷雲水峡の上流部は、雨が降っていない日でも常に湿度九割を超える(屋久島環境文化研修センター公表データ)。乾いている岩を踏んだはずが、薄い苔の膜が滑る——それを最初の数歩で学んだ。
本稿は、屋久島の白谷雲水峡を午前四時に入山し、辻峠から太鼓岩を経て下山するまでの十二時間の記録である。一人歩きで、ガイドを付けない選択をした(屋久島観光協会は初心者にはガイド同行を推奨している)。
四時の入山口、ヘッドランプの光のなかの苔
入山口の駐車場は午前三時半でほぼ無人だった。十一月、外気温は摂氏八度。ヘッドランプを点けて入山すると、最初の十メートルでスギの巨樹に出会う。直径一・五メートル、樹皮に厚い苔が層を重ねている。光を当てると、苔の表面が銀色に光った。
白谷雲水峡には、コケ植物が約六百種類自生する(屋久島町・公表観光ガイド)。雨の島と呼ばれる屋久島は、低地で年間降水量四千ミリ超、山岳部では一万ミリ近くに達する地点もある(気象庁屋久島地域気象観測所データ)。コケが分厚く生えるのは、この湿度と、栄養に乏しい花崗岩地質の組み合わせによる。
暗闇のなかでコケ群落を踏み外すと、登山道を外れる。各所のロープと、足元のわずかな石段——これだけが目印である。やんばるの森と異なり、屋久島の原生林は標高差が大きく、登山道を外れた瞬間に下りられない斜面に出る可能性がある。
六時三十分、最初の光が「苔むす森」に届く
「苔むす森」と看板の出ている区域に着いたのは午前六時を過ぎてからだった。日の出時刻は六時四十二分(気象庁公表、十一月初旬の屋久島緯度)、日が直接届くのはさらに二十分後。それまでの薄明のあいだ、コケが青緑に発光しているように見える。
この区域は映画『もののけ姫』のロケハン候補地として知られ、十時を過ぎると団体ツアーが入る。屋久島観光協会のガイドツアーは午前八時集合が標準で、入山口からこの地点まで早足で四十分、写真撮影を入れると一時間半ほど。つまり九時三十分から十時にかけて、団体客が「苔むす森」に集中する。
逆に言えば、それ以前と以後は静かである。私が滞在した三十分のあいだ、すれ違ったのは下りてくる単独行の登山者一人だけだった。コケに触れず、岩の上だけを慎重に歩いて撮影地点に出る。シャッター音以外、雨の滴が苔に落ちる音が聞こえる。「ぽつ、ぽつ、ぽたっ」——強弱があるのは、樹冠の高さで雨粒の集まり方が違うからである。
森の音を録ろうと思ったが、録音機がうまく録れたのは、シャッターを切ったあとの十五秒の静寂だけだった。音にならない湿度を、文章で書き残すしかない。
辻峠から太鼓岩、視界が一気に開ける地点
辻峠で進路を東に取ると、太鼓岩への急登が始まる。一時間ほど、ほぼ階段とロープの連続で、標高差は二〇〇メートル弱。九時、太鼓岩に到着。岩の上から見下ろすと、宮之浦岳系の稜線が一望できる。標高一〇五〇メートル付近、東向きの岩のため、午前の光が稜線を斜めに照らす。
太鼓岩から見えるのは、屋久島の植生の垂直分布である。低地から二〇〇メートルまでの照葉樹林、その上のスギ・モミ混交林、さらに上の屋久杉林、高度標高一三〇〇を超えるとヤクシマシャクナゲ帯——日本列島が南から北まで持つ植生の垂直版が、ひとつの島に圧縮されている。やんばるの森が亜熱帯の水平の広がりだとすれば、屋久島は垂直の重層である。
世界遺産登録から三十年、入山管理の現在
屋久島の世界自然遺産登録は一九九三年。それから三十年以上を経て、入山管理は段階的に強化されてきた。縄文杉登山ルートには一日あたりの入山者数の自主規制目安があり(屋久島町公表)、登山口でのレクチャー受講が事実上義務化されている。一方、白谷雲水峡や荒川登山口など、入山者の多い区域での植生踏み圧の影響は、林野庁屋久島森林管理署の調査でも継続的に報告されている。
ただし、入山禁止にすれば苔は守られるのか——それも単純ではない。屋久島の経済の三〇%以上は観光関連という地元自治体の試算もあり、入山と保全は二者択一ではなく、入山方法の管理という第三の道で運用されている。十一月の白谷雲水峡で、私が三回滑ったのは、登山者の問題ではなく、地形と気候の問題だった。熊野古道の保全議論と同じく、自然と道、自然と歩く人の境界線をどこに引くかという問題に、屋久島も向き合い続けている。
夕方、下山口で雨が降り始めた。十二時間の歩行は、結局、苔と土と岩のあいだに自分の足跡を残さない歩き方を覚えるための練習だった。