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紀行

しまなみ海道、自転車で六島渡る七十キロ

この記事の要点

  • 尾道港から今治港まで、しまなみ海道を自転車で渡った七十キロ・約八時間の記録。
  • 六つの島(向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島)を六つの橋で繋ぐ、世界でも例の少ない自転車走行可能な海上道路の構造。
  • レンタサイクル料金、預け先、乗り捨ての可否について、編集部が実際に確認した二〇二〇年代後半時点の運用。
  • 「サイクリストの聖地」と呼ばれる現状と、地元自治体が抱える課題の併記。

尾道港のフェリー乗り場は、午前八時十五分に最初の便を出した。自転車を押した乗客が八人、徒歩客が三人。向島の渡船は片道一一〇円、所要時間五分。しまなみ海道の旅は、まずこの五分から始まる。

本稿は、広島県尾道から愛媛県今治まで、自転車で全長約七十キロを縦走した一日の記録である。レンタサイクルは尾道港の「しまなみレンタサイクル」を利用し、今治港で乗り捨てる方式を選んだ。料金は基本二二〇〇円(電動アシストなしの一般車、二〇二〇年代後半時点・しまなみジャパン公表)。

向島から因島へ、初めての橋上ペダル

向島に上陸し、海岸沿いを西へ進む。最初の橋は因島大橋。橋には自動車道路と並行して自転車・歩行者用の専用道が二層に分かれて通っており、自転車道は橋の下層を走る。海面まで五十メートル、風があるとハンドルが微かに揺れる。瀬戸内らしい穏やかな海も、橋上では確かに「海上の風」になる。

因島には村上海賊の本拠地として知られる因島水軍城があり、観光地化はされているものの、自転車での通過者は休憩程度で立ち寄る人が多い。橋を渡り終えた地点に「中継地点」のブルーラインが描かれており、しまなみ海道全線で同じ色のラインが路面に引かれている。国土交通省四国地方整備局の整備資料によれば、このブルーラインは二〇一二年以降に段階的に塗装されたもので、自転車での経路探索を不要にした。

もっとも、ブルーラインだけを頼りに走ると、各島の海岸線の見どころを通り過ぎる。地元の観光案内では、生口島の耕三寺、大三島の大山祇神社など、寄り道ポイントの案内図を配布している。直島の現代美術とは異なる、生活の上に層を重ねた瀬戸内文化が、各島で別々の顔をしていた。

生口島・大三島で、自転車道は標高を稼ぐ

多々羅大橋は、生口島と大三島を結ぶ全長一四八〇メートルの斜張橋である。橋脚下に行くと、橋の真下で柏手を打つと音が増幅して返ってくる「鳴き龍」現象が体験できる、と看板に書かれていた。柏手をしてみると、確かに金属的な余韻が三秒ほど残った。観光客は二組、ともに自転車で来ていた。

大三島の大山祇神社は、海の神を祀る古社で、瀬戸内の海運の安全祈願の中心地である。境内に入ると、参道に並ぶクスノキの巨樹が直径二メートルを超え、樹齢千年と称されるものもあるという(神社公式略歴)。十一月の境内は静かで、訪問者は私を含め四人だった。

橋を渡ること自体が観光資源になっている例は、世界でも少ない。しまなみ海道の特殊性は、瀬戸内の漁業集落と橋上の高架道路が、自転車という同じ視点で連続して見える点にある。

伯方島・大島、終点までの最後の二十キロ

伯方島では「伯方の塩」で知られる塩工場の見学を入れることもできるが、編集部は時間の都合で通過した。能登半島の塩田のような天日製塩とは異なり、伯方島の塩は流下式塩田と海水濃縮を組み合わせた現代の製法である。同じ「塩」でも、製造方式と歴史的背景は別物だった。

大島に渡ると、最後の橋・来島海峡大橋に近づく。来島海峡は潮流が速く、最大十ノットに達する難所として知られる(海上保安庁四国地方整備局・潮汐表)。橋上の自転車道からは、潮の流れによって海面に明確な筋が見える。十五時を過ぎると西日が強く、橋脚の影が海面に長く伸びた。

今治に到着したのは十六時十二分。所要時間は八時間弱、休憩を四回、寄り道を二か所入れた結果である。レンタサイクルの返却は今治港の窓口で簡単に済んだ。

「聖地」が抱える二つの輪郭

しまなみ海道は「サイクリストの聖地」と紹介されることが多い。台湾やイタリアからの利用者も多く、各島の宿泊施設の英語対応も近年大きく進んだ。一方、自治体の課題は別の方向にある。今治市と尾道市の人口減少率は全国平均を上回り、各島の集落で空き家率が高い地域もある(両市公表データ)。サイクルツーリズムの来訪者数と、定住人口の減少は同じ島で並行して進んでいる。

裏を返せば、「自転車で渡る」という体験を成立させているのは、橋と道路の整備だけではない。各島の宿、レストラン、フェリーの本数、案内表示——これらを支えているのは、人口減少が続く地域社会である。東北の在来線沿線と同じく、観光と過疎は同じ場所で重なっている。しまなみ海道で得られるのは、観光資源としての海上道路ではなく、地域社会の現在と過去が橋の上で同時に見える、その同時性のほうかもしれない。

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NipponAtlas 編集部

紀行・風土・古道・名所に関する記事は、現地取材と一次資料に基づく編集部の共同執筆です。記載の情報は公開時点のものであり、訪問前に各施設・自治体の公式情報をご確認ください。

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